ひつじの窓

物語とか思ったこととか

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私は暫く考え込んだような顔をしていたようで、彼が私の顔を覗き込んできた。

 

その仕草で我に返った私は気を取り直して彼に私の想いを伝えることにした。

 

「えぇと、これは私が本当に思っていたことで何一つ偽りのない事実です。」

 

そう言うと、彼は少しだけ姿勢を整えて私の目をしっかりと見つめてきた。

 

「うーん、2ヶ月前に見かけた時はびっくりしちゃったなぁ。まさかとは思ったし、今だに信じ切れてないかも。ほらもうその時暗かったしね。人違いかなと思って…というかそう信じてた。」

 

少し俯きながら私は話を続けた。

 

「でも他にも目撃情報を聞いて、写真も見せられたの。午前中にホテルから出てくるところ。それで、あぁ本当なんだって確信しちゃった。悲しかったよ。なんて言ったらいいかなぁ。心臓が抉られるような感じ。」

 

私はもう彼と目を合わせられなかった。

 

アイスコーヒーの氷が溶けていくのを見つめながら話を続けた。

 

彼は黙って私の話に耳を傾けている。

 

「それでもきっと何か事情があるんだろうと思っていたよ。だってあなたは優しいし、私を傷つけるようなことを平気でするような人だとは思ってないもの。まぁもしそうならあなたから別れようって言ってくると思ってたしね。でも…」

 

私は少し目線を上げて彼の唇を見ながら話を続ける。

 

「あなたがもし私に言い出しにくいだけで本当はあちらが本命なら、早く別れなきゃとも思った。正直何が正解なのかよく分からなかった。現実と向き合うのがただひたすらに怖かった。」

 

そう言い終わると私は彼と目を合わせた。

 

彼は私のことをしっかりと見つめていた。

 

そして深呼吸すると重い口を開き始めた。

 

「話してくれてありがとう。そして悲しい想いをさせちゃってたことに対しては本当に申し訳ないと思っている。謝って済む話じゃないかもしれないけど、本当にごめんなさい。弘美とホテルに行ったのは、本当に馬鹿だったと思う。あいつ乗り気でさ…あぁなんて説明したらいいんだろう。でもそれでホイホイついていく俺の方がゴキブリ同然だな。」

 

そう言うと彼は苦し紛れに笑ってみせた。

 

「2人で会う誘いはもちろん断ってたさ。でも部活の飲み会の帰りとか、あいつわざと終電を逃すんだ。多分そんなに酔っていなかったと思うよ。だってビール2杯くらいしか飲まないもんな。でも部活で帰る方向が同じ奴が俺しかいないんだ。女友達としては仲も良かったし、俺も飲んでたから酔い潰れたように見える弘美を放っておくことは出来なかったんだ。いや、いっそのこと放っておけば良かったのかもな。あいつ調子に乗りやがったからな。」

 

そう言うと残りのアイスコーヒーを一気に飲み干した。

 

「友達として、部活の同期として、弘美は良い奴なんだ。それだけは本当だ。でも今回みたいなことが続いて俺もこいつおかしいなって思ってきた。いや俺も十分おかしいやつだよな…彼女がいるってのに。弘美だって俺に彼女がいるのは知ってるんだ。でも酔ってるからそこまで頭が回っていないって設定でやって来るから…あぁ本当に馬鹿だ。自分が言っていることがクズ過ぎて本当にもう…」

 

それまで私をしっかりと見つめていた彼の視線がテーブルの上に落ちていった。

 

私も視線を落とした。

 

「友梨奈の耳にこの話が入ってるっていうのをある日人伝いに聞いてハッとしたんだ。俺はなんて馬鹿なことをしてしまっていたんだと。」

 

「もういいよ広樹くん。言ってくれてありがとう。広樹くんこそ言いにくかったよね。」

 

私はそう言うと涙が溢れてきた。

 

広樹くん、とやっと呼べた。

 

「友梨奈は知ってるのに何で怒らないのか俺は不思議だったよ。俺が遊びに誘うといつも笑顔でニコニコしてる。今までと何一つ変わらぬ態度で接してくるんだもん。俺も友梨奈といるの凄く楽しいから、そんな暗い話題なかなか振れなくてさ。言い出せなかったんだ。で、今日こそ話そうと思って呼び出したんだ。突然悪かったな。」

 

溢れてきた涙を無言で拭きながら彼の話に耳を傾けた。

 

「俺が言いたいことは全部言った。これから俺たちがどうしていくか、もう俺には決める権利などないのは分かっているさ。もちろん俺は友梨奈のことが好きだ。だけど酷いことをしてしまったのも事実だからな。」

 

そう言うと彼は視線を落としたまま黙り込んだ。

 

二度寝した時に見た夢の中に現れた女の子たちのことをふと思い出した。

 

私は何で彼のことを好きだったんだっけ。

 

一流大学を卒業して、一流の企業に勤めて…

 

そんな華々しい経歴を持っているわけでもなく、世間で騒がれるようなイケメンでもない。

 

デートは大体いつも割り勘で、高級ディナーに連れて行ってもらったことなど一度もない。

 

私たち女子が憧れるような特徴は何一つ持ち合わせていないのだ。

 

そんな彼の何処に惹かれたのか。

 

分からない。

 

それでもやっぱり私は彼のことが好きだった。

 

それが私の嘘偽りのない気持ちだ。

 

もしかしたら別れるのが怖いだけなのかもしれない。

 

周りの友人には、もっといい人が絶対にいると何度言われたことだろう。

 

でも、やっぱり彼がいいのだ。

 

まり子や早穂美カップルは世間からも羨まれるような出来たカップルで、夢に出てきた奥様がたも金銭的に満たされた生活を送っている。

 

そんな人たちと比べ出したらキリがない。

 

そしてその人たちの愛のカタチが私にとってのベストであるわけではない。

 

彼には彼なりの魅力があるのだ。

 

もちろん彼の弘美との出来事について、私は心の底から許すことは出来ないだろう。

 

許そう許そう、そう思っても心は馬鹿正直なもので悲しさは不意に溢れてくる。

 

でも今回のこの話を聞いて、少し安心した。

 

自分の中でまだ気持ちに整理がついていない部分はあるけど、だいぶスッキリしたと思う。

 

「広樹くん。」

 

私は彼の目をしっかりと見つめて彼の名前を呼んだ。