ひつじの窓

物語とか思ったこととか

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子育てはストレスもかかるし大変そうだな…と思いながらその母親たちに近づいた。

 

足元では子どもたちが追いかけっこをしている。

 

子どもたちのうちの1人が私を見上げた。

 

あれ、私は誰にも見えないんじゃ…

 

もう一度辺りを見渡してみた。

 

母親たちにはやはり見えていないようだ。

 

子どもたちのうちの1人が私に声をかけてきた。

 

「お姉さん、何してるの?」

 

私は子どもの目線まで屈みこんで答えた。

 

「公園に遊びに来たの。そしたらあなたたち親子を見つけてお母様がたの会話に聞き入ってしまって。ごめんなさい、なんか変な人みたいよね。でも何かをしようとしてわけではないし悪者じゃないのよ!」

 

私は慌てて自分が怪しい人ではないということを弁明し始めたが、その女の子はそんなことは全く気にも留めていないような表情だった。

 

「私ね、お姉さんに見せたいものがあるの。来て。」

 

そう言うとその女の子は私を公園の端にあるとある大木の下に案内してきた。

 

誘われるがまま彼女についていった。

 

「これ見て。」

 

そういうと女の子は私の目を見つめてきた。

 

気がつくと私の周りにはさっき女の子と一緒に遊んでいた子たちも集まっている。

 

木の根元にはA4のコピー用紙ほどの大きさの鏡が地面と馴染むように置かれていた、というより半分埋もれた状態で私たちを写し出していた。

 

「この鏡、何?」

 

私が聞くと女の子は鏡のほうを見つめながら小さな声で

 

「いいから見てて。」

 

と言ってきたので私はその鏡を見つめていた。

 

すると鏡に映し出されたのはさっきの母親とその女の子、さらには父親と思われる男性だった。

 

「あなたの家族?」

 

「うん、そうだよ。」

 

私が鏡越しに、テレビを見ながら楽しそうに笑い合っている彼らを見つめていると、女の子が私に向かって話し始めた。

 

「私ね、パパとママのことが大好きなの。でも最近パパは忙しくて帰ってくるのが遅くて、ママはイライラしてる。私に対して強く当たることも増えてきた。もちろん大変なのはよくわかっているし、私もわがまま言って迷惑をかけることもあるから仕方ないのかもしれないけど。」

 

もう一度鏡を覗き込むと、今度は先ほどの母親と父親が喧嘩している様子が映し出されていた。

 

音は聞こえないが、大声を張り上げているようだ。

 

女の子のほうを見てみると、悲しそうな顔をしていた。

 

また女の子が話し始めた。

 

「これが最近のパパとママだよ。あぁでもね、もちろんいつもじゃないよ。私の前ではあまり大声を張り上げたりはしないかな。でも夜中パパとママが喧嘩している声が聞こえてくるの。私は起きていないふりをしているけど、やっぱり少し悲しくなっちゃう。布団の中で泣いちゃうこともあるわ。」

 

そう言うと私のほうを見上げてきた。

 

「お姉さんまだ学生?」

 

無言で頷くと女の子はまた視線を鏡に落としてゆっくりと話し始めた。

 

「じゃあもしかしたらお姉さんと同じくらいの歳かな。うちのパパとママが出会ったの。大学の研究室の同級生だったらしいわ。お姉さん好きな人いるの?」

 

「えっ、どうして?」

 

「お姉さんのこと見てれば分かるよ。」

 

そう言うと女の子は初めて私に向かって笑顔を見せた。

 

もう一度鏡に目を落とした。

 

すると今度は若い男女が手を繋ぎながら公園を散歩している様子が映し出されていた。

 

「ママは最初、あまりパパのことが好きではなかったそうよ。でもふとしたきっかけで付き合うことになって、ある時から同棲も始め、私を身ごもったため籍を入れたそうよ。いわゆるデキ婚ってやつね。あまり詳しいことは分からないけど。」

 

私は時折あまりにも大人っぽい発言をするその女の子に視線を向けながら鏡の中のカップルを見つめていた。

 

他の子どもたちも私たちと一緒になって鏡を覗き込んでいる。

 

「なんでそんなに詳しいの?」

 

名前すら分からない女の子に私は疑問に思ったことを聞くことにした。

 

「ママが教えてくれた。うーん、あとはこの鏡がね。」

 

そう言うと女の子はまた私のほうを見つめてきた。

 

「普段私たちの目や耳に直接入ってこない情報も、何かを経由していつか私たちの元に入ってくることはあるのよ。それが人伝いであったりこの鏡であったり。」

 

女の子は鏡に手を当てながら話を続けた。

 

「さっきお姉さんが見てきた人たちの日常でさえ、何か隠された秘密があるかもしれないしね。仕事で苦労してそうだったり、私生活が充実していてとても幸せそうに見える人たちでさえ、本当の姿はなかなか分からないの。」

 

私はこの女の子が一体何者なのか少し怖くなってきたが話に耳を傾け続けた。

 

「彼氏とラブラブな写真を見せつけたり、高級ブランドで着飾ることでしか自分を堅持出来ないのかもしれない。それは本当に幸せなのかな。」

 

なぜかその女の子は私の先ほど見てきた光景を知っていた。

 

それは私が心の何処かで羨ましいと思っていたことでもあった。

 

「私も一見幸せそうな家族なのよ。周りからは羨ましがられるわ。たくさんの可愛い服を持っていて、美味しいディナーにも家族揃ってよく出掛けるからだと思う。でもパパはよく海外へ行くと言って何週間も帰ってこない時もあるし、ママも自分のお洒落に夢中で、私が田んぼや噴水公園に行きたいと言っても嫌がってなかなか連れて行ってくれないわ。今日は本当に例外よ。」

 

先ほど女の子と一緒に遊んでいたうちの1人が突然話し始めた。

 

夫の出張が多いと言っていたあの奥さんの娘さんだろうか。

 

よく見ると、その子は有名ブランドのロゴが入ったワンピースを着ていた。

 

「ママはパパのお金が目的で結婚した、はっきりそう言ってるのを私はこの前聞いてしまったの。お金目的であっても、当時好きという感情はなかったわけではないと思うわ。」

 

そう言うと彼女は私の頰に手を当ててきた。

 

そしてまた話を続けた。

 

「お姉さん好きな人いるんだよね?」

 

さっきからいる前提で話が進んでいることに少し戸惑いながらも

 

「うん。」

 

と言った。

 

「分かるよ。お姉さんの目、すごくキラキラしてるもん。昔のママみたい。」

 

そう言うと女の子は頰から手を離し、にっこりと笑った。