ひつじの窓

物語とか思ったこととか

d-1 就活戦線最終便

母の日

 

朝10時に起きて2日分の日経新聞から何か就活に使えそうな関心のある記事はないか探す作業から1日が始まった。今日こそ大学に行こうと決めてはいたもののなかなか読み終わらず苦戦を強いられる。一昨日の飲み会、前日の暴食により朝から胃袋が悲鳴を上げている。窓の外を眺めていると、雨宿りをしにスズメが数羽ベランダにやって来ていた。せっかく外で勉強しようと思っていたのに雨が降っていると外出する気が削がれるではないか。はさみで切り抜いた新聞記事を両面テープで貼りながら、頭の中では昨日親から聞かされた話が反芻している。保険料納付についての話で昨日父親と母親が揉めていたので事の次第は分かっていた。私の未納分の某保険料を払うのが勿体無いためいっそのこと解約してしまえと言う父親と、それを止める保険会社での営業経験のある母親が言い争っていた。たしかに元本割れすることなく給付される保険であることを私も知っていた。昔に比べ、今は掛け捨て額の多い保険も多いため、お得な保険を探すだけでも一苦労である。もちろんこんな若い時期に多くの保険に加入している人など少ないだろう。入る必要すらあまりないかもしれない。ただ、一括払いや若い頃に加入したほうが殆どの保険はお得に作られている。その某保険には今年までで210万円、来年以降残りの140万円分を支払うことになる。残りの額を私が支払わなければ恐らく今年この保険を解約することになるのは私もその雰囲気から察した。特別裕福な家庭ではないし、そもそも多額の保険料を払える環境下にはないのだ。収入の多かった一時期とは置かれている状況が違うのは給与明細を見れば明らかである。これ以上支払えと言えるわけはなかった。月々7万円。暫く考えた末、社会人になってから始めようと思っていた一人暮らしを諦めようという結論に至った。払い終わったら何らかの形で家を出る予定だ。それが一人暮らしなのか同棲なのか結婚なのか…これは何とも言えないが。一人暮らしをしたいなら色々考えてから決めたらいいと言われたので、親も私の一人暮らしをしたいという気持ちに反対は全くしていない。私は母親が、どれだけの思いで私に多額の教育資金を費やし、私が将来困らないようにと必要最低限の保険を私につけてバックアップをしてくれていることを知っている。中高時代、周りの裕福な家庭で育っている同級生を見ていると辛くなることもしばしばあったが、私が欲しいものは欲しいと言えば買い与えてくれたし、必要な持ち物は全て百貨店の高級ブランドショップで買い揃えてくれた。恐らく学内でも平均以上にお金をかけてもらっていただろう。小学生の頃もかなり高額な買い物をしていた。私の金銭感覚も少し狂っていた。一人っ子だから、ということもあるだろうがここまで恵まれていたのは生まれた環境に感謝する他ない。中高時代、経営者や医師家系に育った人も多く、そのとき抱いた劣等感というものは、恐らく誰しもが持つ可能性のあるもので、上には上がいて、きっとどれだけお金持ちになって高級タワーマンションに住んだところで一生満たされることなんてないものだと思う。実際に、親の年収が、700万、1000万、3000万だったときで生活スタイルが変わったかと言われてもそう変わってはいないし、どれだけ高給取りになっても全てを手に入れることなど到底不可能なのだ。就職活動をするにあたって、誰しも年収のことを少しは考えるだろう。何度も書いている通り、私はあまり子どもを産みたいとは思っていなかった。別に面倒を見たくないとか、仕事人間になりたいからというわけでもなく、自分と同じように、劣等感を抱くような環境に子どもを置きたくない。親の都合で生まれてきただけなのに、その生まれ落ちた環境がその子にとって本当に満足のいくものが提供できないかもしれないなら、いっそ生まないほうがいい。お世辞でもなく本気でそう思っていた。その他にも自分のような容姿で辛い思いをするのも可哀想だという気持ちももちろん大きい。金銭面で私が育ってきたこの家庭以上に稼ぐことは無理ではないし、きっと頑張ればどうにかなるだろう。私は2年前まで、いや1年前だってまだ将来は専業主婦になるものだと疑いもしなかった。そのために選んだ学部学科であったと言っても過言ではない。ただ、この1年、将来について考え、色々な人生経験をして、やっぱり私は働かなければならないんだと自発的に思えるようになった。我儘で、自分に自信がなくて、怖がりで、いつも母親の影に隠れて生きているような卑怯な人間だった私をここまで育ててきてくれた両親の思いを胸に、彼らが私の将来を縛ることなくこうして薬剤師職以外の全く関係のない進路も否定せず私に任せてくれた今を大切に生きていきたい。高級ブランド品を身にまとい、麻布十番や六本木周辺でランチをとるような生活が日常になることに羨ましさを持つことだってもちろんある。だけど、日常的ではなかったとしても、そういう生活は手に入れることが出来るはずだ。むしろそのほうが喜びや幸せだって何十倍も感じることだろう。お金持ちになるということを目的とするんではなく、何かをする手段としてのお金であるということをもう1度胸に刻んで、自分らしい人生を歩めるような選択をこれからもしていきたい。幸せは多分そういうところにあるものではない。薬学部生だからこそ経験できた多くの患者さんとの出会いと別れ、そして実習先で働いている様々な職種の方々から教わった社会人としてのあるべき姿。もう1年後には社会の一員になっているとは本当に時の流れは早いものだ。自分が考えている、こうであったらいいなというライフプランが本当に実現可能かは私だけではどうにもならない要素も多分に含まれているし、今後もたくさん辛いことや辞めてしまいたいと思うことも私を襲ってくるだろうけれど、自分のしてきた辛い体験やこういう現実をどうにかしたいという想いを活かし初心を忘れずに日々邁進していけるような素敵な人になれたらいいな。昼ご飯を家族で囲みながら、左手のやけどしてまだ少し熱さを感じる皮膚の赤みを見つめながら、ふと思いを馳せるのであった。転覆病にかかった金魚の1匹がもう死を待つような体勢でこちらを見ている。